
2016年06月14日
いっしょうけんめいいきること
日々、殺生して成り立つ我が業種、命について色々と考える事が有ります。
そんな生活の中で、心の琴線に触れた書物がありました。
今回は、その一文をそのまま転載させて頂きます。
----------------------以下転載----------------------------------
カンボジアで出会ったある夫婦の話をします。奥さんはリンナという名前で、30歳です。リンナさんは10歳のときに地雷を踏んで、右足を付け根から失いました。
子どものころはとても成績が優秀だったけれども、家が貧乏だったから、9歳ぐらいのときに自分の考えで学校をやめて、自分の住んでいるのとは別の州の農場まで働きに出たそうです。その農場で働いているときに地雷を踏んで、右足を失ったのです。
リンナさんは、親を助けるために働きに出たのに、これでは逆に迷惑をかけてしまうと、死ぬことさえ考えました。たった10歳の子どもなのに‥‥。
リンナさんはずっと「死にたい、死にたい」と思っていたけれど、ある日、たとえ右足がなくても一生懸命に生きなくてはいけないと決意したそうです。
それから彼女は、学校に行っている友達の教科書とか古い本を全部集めて、必死になって勉強をしました。今はパソコンも使えるし、洋裁もできて、お店もやっています。そして4人の子どものお母さんでもあります。
あるときリンナさんが私に言いました。
「私は地雷を踏んで足を失ったことに感謝しています」
びっくりして「なぜですか?」と聞くと、こう答えました。
「私は右足を失ったからこそ、一生懸命生きることを意識できました。真剣に生きることができるようになりました。だから、今の幸せがあるのです」
なんと立派な言葉なのかと、感心しました。
リンナさんの旦那さんのオーンさんも立派な人です。彼も20歳のときに地雷を踏んで、右足を失いました。足を失ったあと、オーンさんも自殺しようとしたそうです。1年近く自暴自棄の日々でしたが、ある日、生きることが大事だと気づいたと言うのです。そして「生きてやる!」と決心されたのです。
そして、ここからが彼のすごいところです。
オーンさんは「どうせ生きるのだったら健康な人よりもたくましく生きてやる」と決めて、体を鍛え始めました。義足をつけて、陸上や重量あげを始めたのです。今、かれは33歳(当時)になりますが、100メートルを13秒台で走ります。そして、なんとフルマラソンも走れるようになりました。
私はオーンさんのように地雷で足をなくした人たちを日本に連れてきて、マラソン大会に出場させることを考えています。戦争の恐ろしさを伝えると同時に、どんなことがあっても一生懸命生きることの大切さを日本の子どもたちに伝えたいのです。
どんな苦しい状況でも、あきらめないで生き抜いている人たちと出会うと、心の底から感動します。真剣に生きようとすればなんでもできるのだ、と思います。それを日本の子どもたちに知ってもらいたい、見てもらいたい。そう思っています。
【池間哲郎(2011)「あなたの夢はなんですか?私の夢は大人になるまで生きることです。」致知出版】
http://www.realinsight.co.jp/ikema/aphorism/
日々、子供達に命の大切さを伝えていますが、本当に伝わっているのか心配になる事も有ります。
より、現場に近い人の声は、心の奥底まで響きますね。
有難う御座います。
昭和興産有限会社
そんな生活の中で、心の琴線に触れた書物がありました。
今回は、その一文をそのまま転載させて頂きます。
----------------------以下転載----------------------------------
カンボジアで出会ったある夫婦の話をします。奥さんはリンナという名前で、30歳です。リンナさんは10歳のときに地雷を踏んで、右足を付け根から失いました。
子どものころはとても成績が優秀だったけれども、家が貧乏だったから、9歳ぐらいのときに自分の考えで学校をやめて、自分の住んでいるのとは別の州の農場まで働きに出たそうです。その農場で働いているときに地雷を踏んで、右足を失ったのです。
リンナさんは、親を助けるために働きに出たのに、これでは逆に迷惑をかけてしまうと、死ぬことさえ考えました。たった10歳の子どもなのに‥‥。
リンナさんはずっと「死にたい、死にたい」と思っていたけれど、ある日、たとえ右足がなくても一生懸命に生きなくてはいけないと決意したそうです。
それから彼女は、学校に行っている友達の教科書とか古い本を全部集めて、必死になって勉強をしました。今はパソコンも使えるし、洋裁もできて、お店もやっています。そして4人の子どものお母さんでもあります。
あるときリンナさんが私に言いました。
「私は地雷を踏んで足を失ったことに感謝しています」
びっくりして「なぜですか?」と聞くと、こう答えました。
「私は右足を失ったからこそ、一生懸命生きることを意識できました。真剣に生きることができるようになりました。だから、今の幸せがあるのです」
なんと立派な言葉なのかと、感心しました。
リンナさんの旦那さんのオーンさんも立派な人です。彼も20歳のときに地雷を踏んで、右足を失いました。足を失ったあと、オーンさんも自殺しようとしたそうです。1年近く自暴自棄の日々でしたが、ある日、生きることが大事だと気づいたと言うのです。そして「生きてやる!」と決心されたのです。
そして、ここからが彼のすごいところです。
オーンさんは「どうせ生きるのだったら健康な人よりもたくましく生きてやる」と決めて、体を鍛え始めました。義足をつけて、陸上や重量あげを始めたのです。今、かれは33歳(当時)になりますが、100メートルを13秒台で走ります。そして、なんとフルマラソンも走れるようになりました。
私はオーンさんのように地雷で足をなくした人たちを日本に連れてきて、マラソン大会に出場させることを考えています。戦争の恐ろしさを伝えると同時に、どんなことがあっても一生懸命生きることの大切さを日本の子どもたちに伝えたいのです。
どんな苦しい状況でも、あきらめないで生き抜いている人たちと出会うと、心の底から感動します。真剣に生きようとすればなんでもできるのだ、と思います。それを日本の子どもたちに知ってもらいたい、見てもらいたい。そう思っています。
【池間哲郎(2011)「あなたの夢はなんですか?私の夢は大人になるまで生きることです。」致知出版】
http://www.realinsight.co.jp/ikema/aphorism/
日々、子供達に命の大切さを伝えていますが、本当に伝わっているのか心配になる事も有ります。
より、現場に近い人の声は、心の奥底まで響きますね。
有難う御座います。
昭和興産有限会社